「20代の間はどれほど理不尽な事があってもどれだけ大変でもアメリカに拘り続ける。逃げない」
昨日のInstagramライブでそうコメントする渡邊選手を改めて心から尊敬した。
僕自身は小4から高校3年生までバスケをしてたのだが、NBAもBリーグ(BJリーグ)も去年までは全く見てなかった。
(琉球ゴールデンキングスが地元なんだから見れよって感じだが。。。仕事と目の前の事に必死過ぎて。。。)
だけど今年は渡邊選手が出場した試合はほぼ追いかけていた。そのきっかけは昨年のバスケW杯。
日課のランニング中に有明アリーナを通ったら人が沢山並んでて、バスケ日本代表の強化試合がある事を知り、帰宅し見たのだけれど海外の強豪相手に善戦してて、日本のバスケはここまで強くなったのかと驚いた。
その後は強化試合もW杯も全部見たし、Bリーグ、NBAが開幕してから日本代表で活躍した選手を追ってた。
11年前に終わったバスケ人生が再び戻ってきた気がして、バスケやっぱ好きだなって嬉しくなった。
NBAはこれまで本当に縁がなかったけど、渡邊選手、八村選手の試合は追えるものは見て、ハイライトは夜に必ず見るぐらいハマった。
特に渡邊選手は同級生だったからより応援してた。
(渡邊選手のスティールからのダブルクラッチとそのプレイを見たケビンデュラント含むビッグ3の反応が1番印象に残ってる。こちらも叫んだ。笑)
渡邊選手は前半かなりチャンスが多かったが、トレード期限前に試合の出番が少なくなり、トレード後暫くしてpersonalという理由での欠場が続き、シーズン終了まで出番がなかった。
凄く心配してた中で昨日のInstagramライブだった。
ライブでは、今後はNBAではなく日本でプレイする事、理由と自分の中でそのきっかけとなったエピソード、personal欠場の理由などを赤裸々に話してくれた。
イチロー選手の引退会見の時も思ったのだが、困難な挑戦を続けてきた人の一つ一つの言葉は重い。
心からの言葉はストレートに届く。
(不覚にも涙が止まらなかった。。。)
レベルは違えど、沖縄で初の上場起業を作ると息巻いて東京で社会人をスタートし、ある企業での耐え難い日々で、生きるのが嫌になるほど心が折れてしまった経験がある僕も、少しだけ気持ちが分かる気がする。
(挑戦と困難なレベルが違い過ぎるのでとてもじゃないが分かるとは言い切れない。だけど何となく、少しだけは。)
質問コーナーでアメリカでやり残した事はあるか?って質問に「マジでないです」と笑顔で応えてて、本当にやり切ったんだなと思った。
同級生でここまでの挑戦をやり切った渡邊選手を心から尊敬した。
微力ながらずっと応援したい。
これからは大好きなバスケを心ゆくまで楽しんで欲しい。
来シーズンは生で試合を見てみたいな。
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僕自身も来月30歳。
20代の間に自分の会社を作る事は出来た。30代は上場すると決めている。
簡単じゃないのも知ってる。
一度心が折れて諦めたけど、もう一度挑戦できる状態になれたからこそ、今度こそ実現したい。
20代は逃げないと決めていた渡邊選手みたいにやり遂げられるかは、正直まだ肌感はないけれど、毎日一つずつ自分に勝って、チームとみんなと一つずつ前に進んでいきたい。
いつか渡邊選手とお話し出来たら嬉しいな。
ウチが見合う会社になる事が出来たら、ぜひ渡邊選手が所属するチームのスポンサーになりたい。